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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)3698号 判決 1975年8月26日

原告 遠藤重弥 外一名

被告 早坂建設株式会社 外一名

主文

被告らは、各自原告らに対し、各金二、六六七、二二〇円およびこれに対する昭和四九年五月二六日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの負担とし、その一を被告らの負担とする。 この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事  実 <省略>

理由

一  事故

遠藤司は、昭和四八年一〇月一五日午前一一時二五分ごろ、東京都中央区銀座八丁目二〇番一号銀座竹本ビル建築工事現場二階の作業床にあつた物品揚卸口から墜落し、頭蓋骨折を伴う硬膜下血腫の傷害を受けたことにより、同月一六日午前一〇時二〇分死亡したことは当事者間に争いがない。

二  相続

成立につき争いがない甲第四号証によれば、原告遠藤重弥は、遠藤司の父であり、原告遠藤きみ江はその母であること、遠藤司には原告らの他に相続人が存しないことが認められる。

三  責任原因

(一)  被告友和組

被告友和組は、昭和四八年七月一七日、有限会社満留賀から竹本ビル新築工事を請負い、同年九月六日、被告早坂建設に右請負工事のうち本体コンクリート型枠組大工工事を請負わせ、工事現場においては、被告友和組の工事部長湯田耕市、現場主任有野正二が工事全体の監督被告早坂建設の職人に対する指揮監督ならびに安全管理の業務に従事していたこと、被告早坂建設は、遠藤司を雇傭し、同人に竹本ビル建築工事現場二階の作業床スラブにおいて作業をさせていたことは当事者間に争いがない。

成立につき争いがない甲第五号証の三ないし一七、証人菅原和栄、同小坂昭雄の各証言を総合すると、本件事故現場は右竹本ビル新築工事現場二階床に存した開口部で、右開口部は床端の一辺が三・五メートル、他の一辺が一・五メートルの長方形で将来階段がつくところであり、二階の床面から一階床面までの距離は三・一メートルであつたが、その周囲に手すり、囲い、覆い等の墜落防止のための設備は設けられておらず、事故当時右開口部の周辺の広い方の床端に沿つて数枚の下ごしらえの型枠加工材が幅約八〇センチメートル、高さ約五〇センチメートルにわたつてつみ重ねられていたこと、被告友和組の従業員有野正二は、下請職人の手配、その作業の指揮監督に当つており、昭和四八年一〇月一一日に二階にコンクリートを打つたとき以来右開口部が存することを知つていたが、工事の材料を二階に引揚げるために使用する必要があつたので、その引揚が完了すれば覆いをつけるつもりで、遠藤司から同日開口部をふさがないといけない旨注意された際にもこれに応じた措置をとろうとしなかつたこと、被告早坂建設の代表者早坂利助は、本件工事現場における安全対策は元請人の被告友和組と被告早坂建設の現場責任者の小坂昭雄に一任しており、小坂昭雄は、現場の見廻りはしていたが安全対策上の措置はとつていなかつたこと、遠藤司は、同月一一日ごろから被告早坂建設の従業員の菅原和栄とともに二階で仮枠組を作る作業をし、事故当時はスケールをもつて右開口部の周囲につみ重ねてあつた型枠加工材の上に乗りその材料の寸法をはかつているうち足をふみすべらして開口部から階下に転落したこと、小坂昭雄は、遠藤司ら従業員に作業中はヘルメツトをつけるよう指示しており、遠藤司は、事故前夜遅くまで飲酒し、頭痛を訴えながら就労していたもので、また平素は被告友和組が貸与するヘルメツトをつけて作業していたが、事故当時は休けいで一時ヘルメツトを脱いでいた直後であつたため、これを着用していなかったことが認められ、右認定を左右しうべき証拠はない。

ところで、使用者は、被用者に対し、雇傭契約上の義務として、被用者が労務を提供するに際してその生命、健康を危険から保護すべき義務を負うものというべきであり、元請人と下請人の従業員間には雇傭契約は存しないけれども、下請人の従業員が元請人の支配管理する施設内において元請人の直接の指揮監督のもとに労務を提供する場合には、元請人と下請人の従業員間には使用従属の関係にある労働関係が生じているものというべく、下請人の従業員は元請人に対してその指揮監督に従うべき義務を負う反面、元請人は、下請人の従業員に対し、右労働関係に付随する義務として、その労務提供の過程において生命、健康をそこなうことのないように危険から保護し、その安全を保証するべき義務を信義則上負うものというべきである。

そして前記認定の事実に争いのない事実をも合わせ考えると、被告友和組は、下請人の被告早坂建設の従業員の遠藤司を、被告友和組の支配管理下にある右工事現場においてその従業員有野正二の直接の指揮監督のもとに作業させていたものであるから、その作業の過程において生ずる危険から遠藤司を保護すべき義務があり、右工事現場二階の床面に存する開口部の周辺で作業をさせる場合には、その開口部の周囲に手すり、囲い、覆いなど墜落防止のための設備を設けるべき義務があるのに、これを怠つたため本件事故を発生せしめたものと認められる。

被告らは、右開口部の周囲に加工材がつみ重ねられて、てすり代りとなつていたから、責任を負わない旨主張するが、右開口部周辺に存した型枠加工材は仕事のために置かれたもので、被告らが転落防止のためにてすり代りに置いたものではないと認められるのみならず、右加工材はこれを用いて型枠を作るための材料であつて、作業員はこれらの材料を使用するためにはその置場に赴かざるを得ず、これらが開口部周辺につみ重ねられていることは、作業員に開口部付近に近づいて作業させることになつてかえつて危険でさえあると考えられるから、右材料を開口部周辺につみ重ねることによつててすり代りの墜落防止措置をとつたことになるとは到底認められない。

したがつて被告友和組は、遠藤司に対し、右安全保護義務を怠つた債務不履行による損害賠償責任を負うべきものである。

(二)  被告早坂建設

前記(一)の事実によれば、被告早坂建設は、遠藤司に対し、雇傭契約上の義務として、工事現場において従業員を危険から保護してその安全を保証するため、自ら開口部に転落防止の設備を設けるか、又は被告友和組に対してその墜落防止の措置を講ずるよう要請すべき義務を負うものであるが、これを怠つたために本件事故を発生せしめたものと認められる。

したがつて被告早坂建設は、遠藤司に対し、右安全保護義務を怠つた債務不履行による損害賠償責任を負うべきものである。

四  損害<省略>

五  結論<省略>

(裁判官 山本矩夫)

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